まだまだ40歳。前向きになれる blog

前向きになって私の家族と仕事と生活を護るために始めるブログ

いざ面接へ!そして次の展開へ!

応募企業から書類通過の連絡があり、妻に面接官になってもらい、妻から厳しいご指導を頂き、しっかりと面接の準備が出来た私はいざ面接へと向かうのでした。

面接は営業の方と社長の2人を相手に行われ、いつも通りにバクバクに緊張してしまう40歳の私。

「それでは自己紹介をお願いします。」とスタート。

きたー!っと準備していた自己紹介の暗記文を棒読みで話す私。

退職理由、志望動機も狙い通りに質問をされ、準備万端の暗記文を棒読みして話す私。

緊張を隠せない40歳のオッサンである私。

緊張してご馳走になったコーヒーのお礼も忘れてしまった40歳のオッサンである私…

一つだけ良かった事は技術だけは負けません!と緊張しながらも必死でアピールできたかとは思います。

しかし全体的に質問には棒読みで答えた感じとなり、企業の理念や社長の経営方針をもう少し聞くべきだったと後悔の残る面接となりました。

う〜ん社長の反応も今ひとつな感じがあり、微妙だなこれは…と肩を落として帰宅するのでした。

返事は1週間以内にしますとの事だったので妻に面接の報告をして、妻と一緒に1日1日電話をドキドキしながら待つ事4日目!

息子を習い事に送る車中で知らない番号からの着信が!

キターっと電話に出ると、先日はありがとうございましたと社長の電話。

電話があった時点で採用と思っていたので、私は「お電話ありがとうございます!」と面接の緊張の棒読みではなく爽やかに電話に出たのでした。

しかぁし!ある条件を提示され、良ければ採用とさせて頂きたいとの事。

その条件は私にとってはあまり良い条件とは言えず、具体的に給料や、その他雇用条件を電話で聞くのは失礼と思った私は「次もう一度面談させて頂き、具体的な話を聞かせて下さい。面談の日時、社長のご都合に合わせますので、ご連絡お待ちしてます。」と次の展開へ。

 

再びソワソワしながら次の面談日の連絡を待つ事1週間、連絡が来ない…

流石に連絡が遅いと思った私はこちらから社長に電話する事にしました。するとそれでは明後日の午後はいかがですか?と…待っていたんですけど…

引き続き何だかよくわからない会社だなとモヤモヤする日が続くのでした。

その次の展開はまだこれからなので、次回綴ります。

前向きに!前向きに!40歳ここは良い方向へ転換できるチャンスと捉えて前向きに!

まだまだ40歳。頑張ります!!

 

 

 

書類選考の求人に応募。そして面接へ!

早速、私は先日ハローワークで検索して見つけた1社に応募をする事にしました。

そのためには履歴書、職務経歴書をまずは作成しないとなりません。悲しくも今年2回転職しているので、8月にパワハラが理由で退職した直前の会社を追記すれば完成です。なので直ぐに出来ると思いきや、半日ちょっとかかってしまいました。

履歴書を書いている人のイラスト(男性)

履歴書、職務経歴書はまさに「前向き」なイメージを企業に感じてもらえる様な文章にしないといけないので、ついつい後ろ向きになってしまう私にとっては非常に労力の必要な作業です。また私は子供の頃から作文が苦手なので書類を作成するのに人より時間がかかってしまいます。

しかし!言い訳をしている場合じゃなく、私は真剣に自分の経歴と向き合い、何とか書類を完成させて次の日の朝、郵便局へ速達で出しました。

そして「速達なので遅くても明日には届きますよ」と郵便局のおばさんに告げられました。

もし書類が通れば遅くても4日後には面接の連絡が来るだろうと私は予測していました。しかし4日経っても連絡は来ませんでした…

まだ1社目でしたが求人内容がとても良かった為、駄目だったかなと落胆しました。

そして諦めた私は土日に転職サイトに登録をするのでした。

と、次の日、知らない携帯番号から電話があったので求人サイトのエージェントの人だろうと電話に出ると、何と!応募した企業から面接をしたいとの連絡の電話だったのです。

私は諦めていた分、嬉しくてガッツポーズをしました。

前向きに!前向きに!

面接までにまだ日にちがあったのでじっくりと面接の準備をして、いざ面接へ・・・・

面接以降の話は次回の記事にしたいと思います。

失業給付の申請で妻の偉大さを改めて確認する私。

うつ状態からも回復したので、子供達の為にも早く次を決めないといけません。早速、失業保険受給の申請手続きと求人閲覧をしに、ハローワークに行く事にしました。

 

さて、失業保険は自己都合退職の場合と会社倒産などによる会社都合退職の二つの給付パターンがあり、自己都合退職の場合は申請後3ヶ月後からの給付に対して会社都合退職の場合、申請した次の月から給付が始まります。

また会社都合退職は給付期間も長く設定されているので失業者にとっては圧倒的に会社都合の方が安心の保険となります。

 

私の場合は自己都合退職と思っていましたが、妻が調べてくれた情報によると、病気で退社した場合、会社が自己都合と申請していても受診した医者に、病気で働く事が困難だったと証明してもらえば、会社都合と同じ扱いの「特定受給資格者」になれるという事実を確認しました。

 

そして私は早速ハローワークで精神科に通った事を話して、特定受給資格者の申請をする事が出来ました。これで気持ちに少し余裕を持って転職活動に挑む事が出来ます。

 

うつ状態で辛かった時に病院に行く事を促してくれた妻。

失業給付の制度を必死で調べてくれた妻。

本当に妻には頭が下がります。

 

 そしてその日は1時間以上ハローワークで求人検索をしました。焦りは禁物ですが、良い会社があったら見逃すわけにはいきません。私は専門職でずっとやってきて、この先も同じ様な職種に就きたいと考えています。しかも転職回数が多い40歳のおじさん…たぶんこの転職活動はかなり厳しいと予測しています。だからこそアンテナだけは早く張っておこうと。求人を探す行動だけは常にしていこうと考えています。

 

目ぼしい求人を見つけた私はそのうちの一社に応募をする事にしました。

前向きに、前向きに!!

よーし頑張るぞ〜パワハラを受けた分、良い方向に跳ね返すぞ〜!

 

応募してから次の展開はまた次回記事にしたいと思います。

 

 

6歳の息子との最高の思い出。筑波山登頂!

今年は1度目の転職に失敗して、2度目の転職先でパワハラに遭い、うつ状態になり、無職になり、散々な年ですが、この夏、良い思い出も出来ました。

先日、ピカピカの小学校1年生の息子と筑波山に登頂してきました。写真はその時の筑波山の女体山山頂の圧巻の景色です。今回の記事はその時の前向きエピソードを綴りたいと思います。

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私は旅行には家族で良く行く方だと思うのですが、アウトドア派ではなく、実は登山をするのは何十年ぶり??いや、高校生から登ってないのでは??…いつ山に登ったのか思い出せない程の登山経験が無い登山初級者です。しかし、私は結構、いい加減で楽観的な性格でもあり、筑波山位なら散歩感覚で小学生にもなれば簡単に登れるだろうという気持ちでいました。そして同じくアウトドア派ではない妻の心配は大きく膨らみ、妻から息子と山に登る事に承諾を得るのになかなかの説得が必要でした。

 

妻からの指示もあり、事前にコースや注意事項を調べなくてはと、6歳の子供が登れる初級者コースを調べた結果、ロープウェーのつつじヶ丘駅から出発し、女体山山頂を目指す「おたつ石コース」で登る事にしました。

 

前日の雨で雲は多い日でしたが、その日は良い天気に恵まれました。

しかし!朝起きた私の心は何とも後ろ向きのうつ状態

まだ会社は正式には辞めていない日でしたが、こんな状況で、山を登っていて良いのか…この先の不安が押し寄せる朝の目覚めになりました。

しかし!ここは私の為ではなく息子の為にと、私の気持ちは関係なく、息子にこの夏の良い思い出を作ってあげたいと気持ちを奮い立たせて起き上がり、マイカーで出発したのでした。

 

10時半につつじヶ丘駅に到着して、登山を開始。

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写真は登山開始約15分後のつつじヶ丘高原から見下ろした風景です。

山を登るにつれて、とても良い景色と、体を動かす爽やかさから、沈んでいた気分が徐々に上昇し、楽しそうで意気揚々と山道を登る息子の姿に私は夢中になり、純粋に登山を楽しむ事が出来ました。

山道は思っていた以上に本格的で、後半は大きな岩が沢山あり、小学一年生にはなかなか険しい道だった様に思います。

山頂にたどり着いた私は圧巻の景色と息子の頑張りに感動し、朝の憂鬱な気分はすっかり吹き飛んでいました。

筑波山は「関東の富士見百景」に選ばれているみたいで、その理由が晴れの日に山頂に登ると、良く分かります。山頂の岩の上からは180度パノラマで関東平野を上から見下ろす事が出来ます。最高の景色がそこに有りました。

 

帰りの車中は息子から「今度は家族皆で登りたいね」と可愛い一言、大満足の1日になりました。

私の心も帰りは前向きに変化して、今年の後半はきっと良い事が沢山あるんじゃないか、いや、良い事が起きる様に頑張ろうと思う事が出来ました。

落ち込んだ時の登山はとてもお勧めです!

退職後うつ状態から大分回復しました。

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退職して10日が経過した。メンタルクリニックで処方された薬を飲みながら自宅で療養し、徐々にいつもの精神状態に戻りつつある。

 

会社を辞めてからは、抗うつ剤を飲んだり飲まなかったり、この先の不安に押し潰されそうになったり、パワハラ上司や、お世話になった社員が私が辞めた後、私を責めてるだろうなと、悪い想像をして自分で自分を責めて責めて苦しくなったり、逆に再就職は必ず出来る!と根拠の無い自信を盛り上げて楽観的になろうとしたり、ネットでパワハラ上司を検索して、辞めて良かったと自分に言い聞かせる事で明るくなったり…

1日1日ごとに気分は落ちたり上がったりした。

 

気持ちが前向きになれば、状況も好転していくものだ、と40年生きてきて本当にその通りとなんとなく感じている。人生は自分がどれだけ前向きになれるか、辛い事があっても常に前向きになれるかでその時その時で勝負が決まり、実際に負けた様に見えても心が前向きであれば、自分自身は幸せと思えるのかなと思う。

でも私の性格はすぐに後ろ向きになってしまう。そう簡単には前向きにさせてくれない。わかってても前向きになれない時ばかりだった。

 

でも、この40歳の節目に、転職をしてパワハラに遭い、うつになり、負けてるように見えるけど、前向きになれば、人生は好転していくものだ!それを証明する為にこれからは前向きに考える努力をしようと思う。この数日そんな考えがフツフツと湧いてきた。

まだまだ40歳の退職

私がうつ病で体調が悪い事を気にかけてくれた社長は今朝、電話をかけて下さった。

どう調子は?と。私はあまり良くないです。恐怖心が凄くて、上司を拒絶してしまっている事、会社に行こうとすると動悸がする事をありのままに伝えた。

社長は、その上司も必死で君を育てようとしてただけなんだ、休み明けに、教え方、思考を変えて一緒に頑張りたいって言ってるんだけどなぁ。と…でも入社して4ヶ月の間、人間性を否定され、罵倒され、自信を無くしてしまった私の心はどうしても会社に戻る事を拒んでしまっていた。ここで、頑張るのが普通なんだろうか…先が見えず40歳、ここで辞めてしまうのは誰が見ても不安だ…でもまだまだ40歳!私はもっと良い環境や生き方を探したい!まだまだ40歳まだまだ稼ぎたい…

どうする?と社長。

辞めます。と私。

ご迷惑ばかりで申し訳ないです。

大丈夫か?家族は大丈夫か?と社長。

もしどうしても戻りたくなったら連絡しろよと社長…まずは身体を治して元気出せよと。

良い社長だ。たぶん今までで一番良い社長かもしれない。

 

15日付で私は退職する事になった。

パワハラが原因でうつ病になった方。

うつ病で会社辞める方。

40歳で転職する方。

まだまだ40歳!まだまだまだまだ頑張りましょう!絶対絶対何とかなる!何とか出来るさ!

40歳で会社を辞めるという事

会社のお盆休みは15日(火)まで、私は5日から休職していて今日から休職明けで行かなくてはいけないと、昨夜も早く寝た。起床時間は5時30分。だがまず明け方3時に目が覚める、あと1時間は寝る事が出来ると、4時半に再び目が覚めて、そこからは10分置きに目が覚める。そして5時20分には冷や汗と脚のツッパリが発生。ストレスが凄すぎる。ストレスを振り切りなんとか起き上がり、準備を始めようとした…がもう一度寝室に戻るとあまりの動悸でまた床に付いてしまった。やっぱり無理だよ。今日も行けないよ。妻よ許してくれ。もうこの会社を続けるのは無理だよ…本当にうつ病を深めて行ってしまう。でももう私は40歳。転職回数も多い。後がない。苦しい…でも今の会社行けるパワーも無い。追い詰められた。その時、妻が「もう行かなくていんじゃない?」と一言。

正直ホッとした。冷や汗が引いていくのが分かった。私は社長と上司に今日も休む事、

会社を続けていく事が困難な旨をメールで連絡。………

何とかなるさー!絶対何とななるさー!何とかするさー!